一行目の一覧

名作48編の書き出しを、一行目だけ並べました。いちばん短いのは『杜子春』の「或春の日暮です。」と『夢十夜』の「こんな夢を見た。」(ともに8字)です。

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作家

48編

  1. 或春の日暮です。『杜子春』芥川龍之介1920
  2. こんな夢を見た。『夢十夜』夏目漱石
  3. メロスは激怒した。『走れメロス』太宰治
  4. 十月早稲田に移る。『文鳥』夏目漱石
  5. さようでございます。『藪の中』芥川龍之介1922
  6. ある日の事でございます。『蜘蛛の糸』芥川龍之介
  7. 蓮華寺では下宿を兼ねた。『破戒』島崎藤村1906
  8. 石炭をばはや積み果てつ。『舞姫』森鴎外1890
  9. 或曇った冬の日暮である。『蜜柑』芥川龍之介
  10. ある日の暮方の事である。『羅生門』芥川龍之介1915
  11. 年中借金取が出はいりした。『夫婦善哉』織田作之助1940
  12. オツベルときたら大したもんだ。『オツベルと象』宮沢賢治
  13. 山路を登りながら、こう考えた。『草枕』夏目漱石1906
  14. よだかは、実にみにくい鳥です。『よだかの星』宮沢賢治
  15. 童 やあ、あそこへ妙な法師が来た。『往生絵巻』芥川龍之介
  16. 私はその人を常に先生と呼んでいた。『こころ』夏目漱石1914
  17. あさ、眼をさますときの気持は、面白い。『女生徒』太宰治
  18. 高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。『高瀬舟』森鴎外1916
  19. 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。『やまなし』宮沢賢治
  20. 六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。『六の宮の姫君』芥川龍之介
  21. 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。『坊っちゃん』夏目漱石
  22. ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。『セロ弾きのゴーシュ』宮沢賢治
  23. 禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。『鼻』芥川龍之介1916
  24. 人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。『赤いろうそくと人魚』小川未明1921
  25. えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。『檸檬』梶井基次郎1925
  26. 寒い冬が北方から、狐の親子の棲んでいる森へもやって来ました。『手袋を買いに』新美南吉
  27. おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。『どんぐりと山猫』宮沢賢治1924
  28. グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森のなかに生まれました。『グスコーブドリの伝記』宮沢賢治1932
  29. 桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。『桜の樹の下には』梶井基次郎1928
  30. 町も、野も、いたるところ、緑の葉に包まれているころでありました。『月夜と眼鏡』小川未明1922
  31. これはある精神病院の患者、――第二十三号がだれにでもしゃべる話である。『河童』芥川龍之介1927
  32. これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。『ごん狐』新美南吉1932
  33. 小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。『トロッコ』芥川龍之介
  34. うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。『三四郎』夏目漱石1908
  35. 趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、天下第一の弓の名人になろうと志を立てた。『名人伝』中島敦1942
  36. 虔十はいつも繩の帯をしめてわらって杜の中や畑の間をゆっくりあるいてゐるのでした。『虔十公園林』宮沢賢治
  37. 宇治の大納言隆国「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。『竜』芥川龍之介
  38. 堀川の大殿様のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。『地獄変』芥川龍之介
  39. 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。『歯車』芥川龍之介
  40. 桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。『桜の森の満開の下』坂口安吾1947
  41. 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」『銀河鉄道の夜』宮沢賢治
  42. どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ どっどど どどうど どどうど どどう 谷川の岸に小さな学校がありました。『風の又三郎』宮沢賢治
  43. 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。『山月記』中島敦
  44. あわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。『ヴィヨンの妻』太宰治
  45. 「参謀本部編纂の地図をまた繰開いて見るでもなかろう、と思ったけれども、余りの道じゃから、手を触るさえ暑くるしい、旅の法衣の袖をかかげて、表紙を附けた折本になってるのを引張り出した。『高野聖』泉鏡花1900
  46. 富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。『富嶽百景』太宰治1939
  47. 二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかついで、白熊のような犬を二疋つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いながら、あるいておりました。『注文の多い料理店』宮沢賢治1924
  48. 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてよりこれぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ処とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下ごしらへといふ、『たけくらべ』樋口一葉1895