えたいの
知れない 不吉な 塊が 私の 心を 始終圧えつけていた。
檸檬
文庫・Kindle版
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えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私を居堪らずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。
奥付
- 作品
- 檸檬(れもん)
- 作家
- 梶井基次郎(かじい もとじろう、1901–1932)
- 初出
- 「青空 創刊号」青空社、1925年
- 底本
- 「檸檬・ある心の風景 他二十編」旺文社文庫、旺文社
- 引用
- 書き出し298字。青空文庫の本文を底本どおりに引用(くの字点のみ縦書き用の字に置換)
梶井基次郎
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初出 1925年の前後