六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。

六の宮の姫君

ろくのみやのひめぎみ

芥川龍之介

六の宮の姫君芥川龍之介

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六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質の人だつたから、官も兵部大輔より昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母と一しよに、六の宮のほとりにある、木高い屋形に住まつてゐた。六の宮の姫君と云ふのは、その土地の名前に拠つたのだつた。

父母は姫君を寵愛した。しかしやはり昔風に、進んでは誰にもめあはせなかつた。誰か云ひ寄る人があればと、心待ちに待つばかりだつた。姫君も父母の教へ通り、つつましい朝夕を送つてゐた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だつた。が、世間見ずの姫君は、格別不満も感じなかつた。「父母さへ達者でゐてくれれば好い。」――姫君はさう思つてゐた。

古い池に枝垂れた桜は、年毎に乏しい花を開いた。その内に姫君も何時の間にか、大人寂びた美しさを具へ出した。が、頼みに思つた父は、年頃酒を過ごした為に、突然故人になつてしまつた。のみならず母も半年ほどの内に、返らない歎きを重ねた揚句、とうとう父の跡を追つて行つた。姫君は悲しいと云ふよりも、途方に暮れずにはゐられなかつた。実際ふところ子の姫君にはたつた一人の乳母の外に、たよるものは何もないのだつた。

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奥付

作品
六の宮の姫君(ろくのみやのひめぎみ)
作家
芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892–1927)
底本
「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
引用
書き出し497字。青空文庫の本文を底本どおりに引用(くの字点のみ縦書き用の字に置換)

芥川龍之介

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