宇治の
大納言隆国 「やれ、 やれ、 昼寝の 夢が 覚めて 見れば、 今日は また 一段と 暑いようじゃ。
竜
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宇治の大納言隆国「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松ヶ枝の藤の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら油蝉の声にまぎれて、反って暑苦しゅうなってしもうた。どれ、また童部たちに煽いででも貰おうか。
「何、往来のものどもが集った? ではそちらへ参ると致そう。童部たちもその大団扇を忘れずに後からかついで参れ。
「やあ、皆のもの、予が隆国じゃ。大肌ぬぎの無礼は赦してくれい。
「さて今日はその方どもにちと頼みたい事があって、わざと、この宇治の亭へ足を止めて貰うたのじゃ。と申すはこの頃ふとここへ参って、予も人並に双紙を一つ綴ろうと思い立ったが、つらつら独り考えて見れば、生憎予はこれと云うて、筆にするほどの話も知らぬ。さりながらあだ面倒な趣向などを凝らすのも、予のような怠けものには、何より億劫千万じゃ。ついては今日から往来のその方どもに、今は昔の物語を一つずつ聞かせて貰うて、それを双紙に編みなそうと思う。さすれば内裡の内外ばかりうろついて居る予などには、思いもよらぬ逸事奇聞が、舟にも載せ車にも積むほど、四方から集って参るに相違あるまい。何と、皆のもの、迷惑ながらこの所望を叶えてくれる訳には行くまいか。
奥付
- 作品
- 竜(りゅう)
- 作家
- 芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892–1927)
- 底本
- 「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
- 引用
- 書き出し540字。青空文庫の本文を底本どおりに引用(くの字点のみ縦書き用の字に置換)
芥川龍之介
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