或春の日暮です。

杜子春

とししゅん

芥川龍之介一九二〇

杜子春芥川龍之介

『杜子春』(芥川龍之介、1920年)の書き出しは『或春の日暮です。』です。

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書き出し全文440字

或春の日暮です。

唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。

若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しにも困る位、憐な身分になっているのです。

何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、土耳古の女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさです。

しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭せて、ぼんやり空ばかり眺めていました。空には、もう細い月が、うらうらと靡いた霞の中に、まるで爪の痕かと思う程、かすかに白く浮んでいるのです。

「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」

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奥付

作品
杜子春(とししゅん)
作家
芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892–1927)
初出
「赤い鳥」、1920年
底本
「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫、新潮社
引用
書き出し440字。青空文庫の本文を底本どおりに引用(くの字点のみ縦書き用の字に置換)

芥川龍之介

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