或曇った
冬の 日暮である。
蜜柑
文庫・Kindle版
蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)(PR)Amazonアソシエイトのリンクです
或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。私の頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた。私は外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起らなかった。
が、やがて発車の笛が鳴った。
奥付
- 作品
- 蜜柑(みかん)
- 作家
- 芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892–1927)
- 底本
- 「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫、新潮社
- 引用
- 書き出し308字。青空文庫の本文を底本どおりに引用(くの字点のみ縦書き用の字に置換)
芥川龍之介
同じ作家の書き出し
- 羅生門ある
日の 暮方の 事である。 - 鼻禅智内供の
鼻と 云えば、 池の 尾で 知らない 者は ない。 - 蜘蛛の糸ある
日の 事で ございます。 - トロッコ小田原熱海間に、
軽便鉄道敷設の 工事が 始まったのは、 良平の 八つの 年だった。 - 杜子春或春の
日暮です。 - 藪の中さようで
ございます。 - 歯車僕は
或知り人の 結婚 披露式に つらなる 為に 鞄を 一つ 下げたまま、 東海道の 或停車場へ その 奥の 避暑地から 自動車を 飛ばした。 - 地獄変堀川の
大殿様の やうな方は、 これまでは 固より、 後の 世には 恐らく 二人とは いらつしや いますまい。 - 河童これは
ある 精神病院の 患者、 ――第二十三号が だれに でも しゃべる 話である。 - 六の宮の姫君六の
宮の 姫君の 父は、 古い 宮腹の 生れだつた。 - 竜宇治の
大納言隆国 「やれ、 やれ、 昼寝の 夢が 覚めて 見れば、 今日は また 一段と 暑いようじゃ。 - 往生絵巻童 や
あ、 あそこへ 妙な 法師が 来た。